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淳のひとり言 バックナッバー

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まだ1月かぁ

2006年1月31日(火)

 きのう、母ちゃんと食事に出かけた。 客は私達二人っきり。 ビールを飲みながらカウンターで何を話すわけでもなく、ただ出されたおまかせを二人してつまんで 「やっぱり、うめなっ、ここの店は一番だ」 「たまに、はずれもあるんどもね」 とぶつぶつとささやき合っている。 すると店主がいきなり 「はぁー、30日が、はえなー」 とつぶやいた、私はすかさず 「まーだ30日がぁ、早ぐ春こねがなぁ」 と切り返す。 たったそれだけの会話で終わったのだが、互いにその二言三言で何故か通じ合うものがある。 店主は、ついこの間まで忘新年会で大忙し、今ようやく落ち着いたところ、しかしまた息つく暇もなく歓送迎会の時期に入る。 逆に私達の仕事は12月半ばで工事ストップ、春にならないとどうしようもない。 とにかく春が待どおしくてしょうがないのだ。 それぞれ働く立場で感じ方が違うわけである。 私はよくキャンディーズの春一番を口ずさむ ・・・ ふん、年がいもなくと笑われそうだが・・・・。 別にキャンディーズのファンでも何でもなかったが、この歌だけは好きだ。 
今日は、まだ1月31日、あと1ヶ月半の辛抱、地べたは凍てつきパワーショベルも歯が立たない。 とにかく辛抱あるのみ! ガンバローッ!

きのう、会議で春の新製品のネーミングを考えてくる事になっていた。 色々おもしろい物を考えてきてくれたが、その会議は5分で終わった。 
鶴の一声   春香で行こう。  早くこいこい春よこいと言うわけだ。

新婚旅行 パート4 最終回

2006年1月29日(日)

 いよいよ、明日の朝、帰国の途につく。 中華料理はあまり口に入らず、ビールと煙だけで過ごしていたような気がする。 まるで霞を食べる仙人のようなもの。 しかし、ビールで腹いっぱいにしてもすぐに下から流れたのでは腹持ちが悪い。 かと言って煙では何の役にも立たない。 「母ちゃん腹減ったな」 「あだりまえだべ、何もかねんだもの」 ※翻訳(当たり前でしょ、なにも口にしないんだから) 「おれ、ちょっと行ってくる」 「どごさ」 ※翻訳(どちらへ) 「うむーっ、別にあてはないけど」 返事がない。 どうやら寝たふり老人を演じているらしい。 「ふだら、いってくるすけ」 ※翻訳(じゃあ行ってくるからね) 「うるせってばっ、はぁ帰ってこなくてもいっー」 と、まあこん会話はよくあることで別に恒例であるから、こちらも慣れたもの、すたこらさっさと夜の街に繰り出す。 さすが夜中は車も少なく道路も簡単に渡れた。 タクシーに乗らずとも、大体の方角はわかるのでひたすら歩くこと15分、夜中とは言えまだ10時、ちょっと歩けば、まだまだにぎやかさは東京町と一緒だ。 その時美味そうな露天の甘栗屋をみつけた。 おっちゃん、なんぼ?と聞いたって通じるわけもないが、とりあえず10元(約160円)と書いてあるから、10元(約160円)差し出した。 そのおっちゃんは、私が日本人だとわかったらしくニコニコしながら独り言のように、多分 「おいしいよ、沢山おまけしておくよ」 とでも言っているのだろう。 袋にとにかく日本では考えられないほど沢山入れてくれたのである。 本当に10元でいいんだろうか? ぼったくりで、あとから100元だなんて言われないだろうか、と心配になった位だ。 しかし10元は10元、本当に優しそうなおっちゃんだった。 私はその熱々の甘栗をかかえてホテルへ戻った。 母ちゃんはふかーい眠りに入っているらしく、ただいまと声をかけてもウンともスンとも返事がない。 私は生ぬるいビールを片手に甘栗をパチン・パチンと割りながら食べていた。 いゃー、美味い! こんな美味い甘栗は食べた事ない。 実に香ばしく、何とも言えない深みのある甘さ ・・・ なぜか、生ぬるいビールに良くあう。 (中国ではビールは常温で飲む) 10粒も食べただろうか・・・睡魔が襲う。 眠くて眠くてどうしようもない。 とりあえず口の中の甘栗をビールで流し込んで床につく。 
夢を見た。 だれかが爪を切っている夢・・・。 

朝、「あれ、甘栗、誰がさ、けだ」 ※翻訳(甘栗、誰かにあげた?) 
「いゃあ、あんだ酔っ払って全部食ってまったんでねーの」 ※翻訳(いいえ、あなた酔っ払って全部食べてしまったんじゃない」
「おっがしいなぁ、わんつかしか食ってねぇのさ」 ※翻訳(おかしいな、少ししか食べてないのに」 狐にでもつままれたような気分であったが、しかたがない。 
翌朝、上海浦東空港。 出国審査を終えゲートに向かう。 途中免税店が店を連ねる。 ウイスキーだとかバックだとか化粧品なんて私達はまったく興味がない。 ただ甘栗が売られていないか見て回った。 
ありました、ありました、箱に入りいかにも [おみやげ] といった感じである。 量は夕べのオッちゃんから買った量の約半分位。 でも何となく食べたくて 「えーと、えーと ハウ・マッチ」 「あっ、こちらですね。 200元(約3200円)でございます」 「ぐぇっ、」 量が半分で、値段が20倍・・・・・絶句。
それにしても悔やまれる。 夕べの栗

かかあが言った 「ちょっとあんだ、値段ばり高くて、きのうの程おいしくないと思うよ」
「それもそうだな、やめるべ」   ・・・間・・・   「おい、母ちゃん、今なんてしゃべったっ」 「おいっ」 「おぃっ、かあちゃんてばっ」

新婚旅行 パート3

2006年1月27日(金)

 旅行三日目になりました。 三日たってもなかなか
中国の交通ルールにはなじめない。 右見て左見て
もう一度右を見て、なんと言うルールは成り立たない。 信号が青になって車が止まったのを確認して、しっかり手を挙げてもう一度右、左なんてやっていたら1日かかっても道路は渡れない。 とにかく前進あるのみ、そして車と車の間を、いかに要領よくすり抜けるか、更にクラクションに絶対に動じない事と立ち止まらず、間違っても後ずさり(後ろに下がる)してはならない。 後ろに下がると、もう車がそこにやってきていて必ず接触してしまうのである。 中国には交通ルールなどというものは存在しないと思っていたが、どうもそうではないらしい。 交通ルールはあることはあるが、誰も守らないだけの話。 一度中国を訪れたことのある方ならお解かりと思うが、とにかくクラクションのうるさいこと極まりない。 四六時中ブッブッブッブッー、ブッーブッーブッーの連続で難聴になってしまうのではと言うくらいのうるささである。 我々はクラクションを鳴らされると一瞬立ち止まってしまうが、中国の人達はいくら鳴らされても一切動じることもなく堂々と歩行を続ける。 ただ、そういった中にも自然に出来たのであろうルールがあり、それに従っているという。 つまり、それぞれ自分達に都合の良いように解釈しているだけの事と思う。 たとえばクラクションの鳴らし方にも何種類かありその種類を聞き分け今自分が、どういう動きをしなければならないか察知するという。 何とも動物的と言うか野性的と言うか・・・。 そんなものに我々はどうしても馴染むことは出来ないが、馴染まなければ絶対に道路を横断することは出来ないのである。 母ちゃんと二人互いに腕をつかんで 「いいが、いいが、絶対さがるなよ、今で、今で、・・・ こらっ、押すなでばっ」 「あんだ、中国゛で死んでもちゃんと保険おりるべね」 「知るってガ!」 「いぃやっ、押すな!おめっ殺す気がっ!」 と、命がけで渡り終えた四車線道路・・・。 ほっ、と胸をなでおろす。 すると 「田中先生、田中先生」 と誰かが叫んでいる。 「あっ、ガイドさんだ、陳さんも早く・・・今のうちっー」 二人して誇らしげに叫ぶ 「そっちじゃありましぇーん」 「はっー」 「だから、そっちじゃありましぇんから、戻ってくだしゃーい」 これじゃ命がいくらあっても足りやしない。

その日の夜は日本食レストラン、やはり落ち着く。 日本のビールを二本飲みトイレに立つ。 INAXの便器も妙に懐かしい。 あっ、ここは中国、INAXではなくIMAXだった。 

新婚旅行 パート2

2006年1月25日(水)

 上海に来てもやはりビールはやめられない。 中国では青島ビール、オーストラリアではフォースタービールが私の口には合うようだ。 もちろんキリンラガーにはかなわないが・・・。 
 新婚旅行パート1で最近、最も苦手な中国と書いたが、これは実を言うと最初から苦手だったのだ。 しかし、仕事で1ヶ月おきに通いつめて5年、とうとう参ってしまったのかも知れない。 平成10年以来、昨年まで1度も中国には行っていなかった訳だから・・・。 その理由は食事にあった。 最初は石材の輸入の為に訪れた中国であったが当然仕事であるから観光ルートではない。 いきなり石山へ車で5時間、6時間とかけて山に入るわけで、当然レストランなんてしゃれたものはあるはずもない。 その辺の食堂(と言っても、この辺では一流)に案内され出された食事が、野菜炒めの上にサソリがしっぽを上にして並べられ更に おやつはカール かなと思い箸でつまんだらムニュとする。 何だろうと目の前に持ってきたら、ギャッー!こ、これはカブトムシの幼虫ではないか。 更に真っ白いスープを出され箸を突っ込んで何やらつまんで目の前に持って来て見た、こ、こ、これは何ですか?と尋ねると 「亀です」 とあっさり答えてくれる・・・。 とっさに箸ごと鍋の中へ落してと言うより放り込んだのである。 蛇や鳥の足、頭は当たり前、何かの目玉のようなもの、蜂の子、 etc etc とてもじゃないが小心者の私にとっては超を三つつけても足りない位の衝撃的な中国デビューだったのである。 それ以来中国料理は苦手になってしまい7年間行かずじまいになってしまった訳だ。 しかし、大都会上海では、もちろんそれぞれの地域で上海料理、四川料理と言われるように何々料理と言うものがいくつかあるわけだから、特別にそれを注文しない限りは、それらしきものは出されることはない。 しかし、やはり今だに苦手であることは確かだ。 
 あっ、新婚旅行の話はどこへ行ったんだろう?

母ちゃんと高級レストランでの会話
母ちゃん 「あんだ、ちょっとあんだ 青島(あおしま)ビールの純生ってあんだの口さ合うの?」
ぼく 「母ちゃん、それは、(あおしま)ではなく チンタオ純生だってば」
母ちゃん 「チンタ純生?」 
ぼく 「あんまり大きい声だすなってばっ! チ・ン・タ・オ・の純生!」
なぜか、とうとう二人して笑ってしまった。  とさ
                                             つづく

新婚旅行 パート1

2006年1月24日(火)

 1月19日から23日まで母ちゃんと28年振り2回目の新婚旅行に行ってきた。 場所は私が最近最も苦手としていた中国である。 あなたがいつも言っている中国ってどんなところなのか一度見てみたいと母ちゃんが言うものだから ・・・ 「ふだら、つれでいぐぁ、あべ」 ※翻訳(それなら、連れてってあげるから一緒においで) と言うことで行ってきた次第である。 新婚旅行とは言え一緒になってから28年、頭のてっぺんから足のつま先まで知りすぎた二人、手をつなぐわけでもなく足をからめるでもなく (ブフッ) ただひたすら街中をさまよい歩き、ホテルに帰り 「あぁー疲れた」 と タバコに火を点ける。 するとシャワーを浴びていた新妻が胸のあたりからバスタオルを巻きつけず、堂々とこちらに向かってくる。 「ちょっと、あんだっ、くせってばっ」 ※(ちょっと、あなた、タバコ臭いから、外でお吸いになりませんこと) 「ハイ、」 と言ってロビーで吸いだめをしている ぼ・く ・・・ 。 思わず28年前に行った1回目のハワイへの新婚旅行を回想する。 真っ白な砂浜に夕日がまぶしく沈む景色を眺めハイライトに火を点けようとすると、バックの中から真新しいライターを取り出し 「これ、あなたにどうかしらと思って・・・」 ※翻訳(これ、あんださ) とうつむき加減に、なれない手つきで火をつけてくれたあの頃の町子ちゃんはどこへやら・・・・・あーぁあ。 吸いだめが終わり部屋に戻ったら鍵が開かない、いっくらカードを差し込んでもピッともプッとも反応がない。 ノックをした、何回も 「おいっ、おいっ」 と叫んでもみたがなかなか反応がない。 しばらくドアの前に突っ立っていたら中からなにやら物音が・・・。 ようやくドアが開いた。 すると 「あんだ、はっ、どっかのいい女みつけでいなぐなったどもって、ねでらったよ」 ※翻訳(あなたが、なかなか帰ってこないから、どこかのいい女の子でも見つけて、いなくなったと思ったから、もう寝ていましたよ) だと・・・。 

次回につづく

1月19日(雨) 新婚初夜  お互いのいびきで 目をさます      字余り   

三八上北地方 さんぱつかみきたちほう

2006年1月18日(水)

 県内の天気予想は、三八上北地方、下北地方、津軽地方に分けられる。 大体、三八上北地方は太平洋岸である為、津軽や下北地方とは同じ県内でもまったく気象状況は異なる。 津軽や下北地方で大雪が降っていてもこちらの地方は真っ青な日本晴れという日が多い。 (冬の青空は日本晴れとは言わないのかな?) よく、津軽から来られた方々は天国と地獄ほどの違いがあるという。 「あーさま車出すのさ雪かぎだべさ、会社さぁ行って駐車場の雪かぎ、家っこさ帰るどきも雪かぎしてから車出さねばまいねべ、家ーさ行ってからまーだ雪かぎだもの、はぁ、まいってまるぇっ」 と何回も聞かされたものだ。 また、お気づきかと思うが津軽地方と我々の住む三八地方(南部地方)とでは、お天気ばかりではなく、言葉、特にイントネーションに大きな違いがある。 同じ県内に住んでいる我々でもわからない時が度々あるものだ。 それほどの違いがある。 たとえば ・ かちゃくちゃねぇ → 母ちゃん食っちゃ寝 とは訳さない。 かちゃくちゃねぇとは津軽の言葉で ・ やかましい・騒がしい ・ と訳すはずである。 津軽にくらべ南部の言葉は比較的おっとりとしていて優しい。 別に津軽の人が優しくないと言っているのではなく、津軽でゆっくりしゃべっていると、口の中に雪が積もってしまい、口の中も雪かきしなければなくなるからだと誰かが言っていた。 なるほどと納得できる。 それ程津軽の冬は厳しいということである。 そういった厳しさの中から様々な文化が生まれ育まれ現在に至っている。 南部にも津軽にはひけをとらない文化もたくさんあるが、今日はこのへんで ・ どっとはらい ・ どっとはらい。 (おしまい、おしまい)

       きょうの、さんぱつ髪きった痴呆の天気予想は、 ハゲでしょう。

テロとラーメン

2006年1月17日(火)

 本日、日本時間、昼12時33分NYに住む娘から突然の電話・・・。 「さっき、すぐそばで車が突然爆発して・・・テロかと思って・・・、今その写真撮りに近くのビルの6階にいるの・・・、消防の散水の水が霧状になって・・・ごほん・ごほん、こっちに飛んできてる・・・ごほん・えほん」 「だけど、なんかテロかと思ったら違ったみたいかな?すごい煙だよ」 それをきいた私達、やはり娘のことが心配でしょうがない。 以前にはすぐそばで銃撃があって道路に伏せたこともあったと言う。 今度はテロに遭遇とは・・・。 しかし、どうも違ったらしいので一安心したことはしたが、一人遠くに離していると何がどうしたこうしたといってもすぐに飛んで行けるわけでもない。 東京町あたりなら今すぐいくから・・・で済むが・・・。 
 私達夫婦は、その時ちょうど八食センターでラーメンと寿司のセットを食べていたところで、母ちゃんがその電話を取った物だから母ちゃんのラーメンがすっかりのびてしまった。 「○○ちゃん、そんなにむせて煙でも吸い込んだの?」 「違う、違う今辛いラーメン食べてたから」 なんの事はない、娘はテロじゃないことが分るとラーメン屋に入りそこから電話していたのだ。 やはり遠く離れていても親子である。 

以心伝心とでも表現しておこう。 同時多発ラーメンであったとは。

NHK

2006年1月16日(月)

 毎朝5時からお世話になっている [おはようにっぽん] その前はNNNニュースを見ているが、NNNニュースの場合4時半までは同じニュースの繰り返しで4時半にならないと、最新のニュースはやってくれない。 と言う訳で私の場合、民放で最新のニュースを確認し次にNHKへと変わるのである。 NHKも8時15分まではほぼ30分ごとの繰り返しになっているが、最新の情報も要所要所には入る。 しかし五時半には出社したい私にとってこの民放とNHKの各30分がその日の唯一の情報源となる。 
 ところで、スポーツニュースの場合、NHKでは先に勝敗或いは結果を発表してしまうからおもしろさが半減する。 前日にテレビ観戦でもしていれば、さほど感じないだろうが、全て見ているわけでもなく、全てテレビ放映しているわけでもないから、せめてスポーツニュースでの数十秒間だけでも興奮?しながらと言うよりも楽しみをあとに残したいと思うのは私だけだろうか? しかし、NHKも考えている。 独占的に放映権を持っている大相撲だけは、先に結果を言わず楽しみをあとに残している。 まぁ、相撲だから残すと言う訳ではないだろうが・・・。 皆さんお気づきでしたか? しかし、相撲といえば我々は 「高見盛ーっ、」 となってしまう。 去年までは、NHKのニュースでも勝っても負けても必ず高見盛の取組みは放映してくれたが、最近はまるっきり出なくなってしまった。 何かの圧力でもあったのだろうか? せめて視聴者の見たいものを見せて欲しいと言えば朝青龍・琴欧州ファンいや、それ以外の関取ファンにも怒られそうだが、見たいものは見たい! ただそれだけである。 唯一、NHKのローカルニュースでしか見れなくなってしまった。 しかし、その時間帯を逃すともう見れないのである。 きのうも残念無念・・・。 おとといも・・・。 その前も・・・。 またまたその前も・・・。 まぁっ、いいっか。

ところでNHKは日本放送協会となるが、子供のころ先生がチッソ・リンサン・カリと教えてくれたものだ。 今思えば懐かしいが・・・。

しかし淳少年は、 「にいちゃん、はんかくさい」 と訳してしまった。
            N       H   K 

     

雪かき

2006年1月11日(水)

 全国的に大雪に見舞われているようだ。 ようだじゃない。 見舞われているのだ。 実に五十年ぶりと言うが、おそらくそれ以上或いは新記録であることは間違いないだろう。 降った量がただごとではない、年間積雪量をすでに越えてしまっているというから大変なものだ。 よく南に住まわれている方々は勘違いするようだが、雪は必ずしも寒いから降るわけではない。 我々北東北や北海道に住む人間は 「きょうは、あったがいねぇっ、これだば今日はぼた雪だべさぁ」 となる。 要するに寒さに対する体感レベルの違いである。 逆に我々は暑いのには付いていけない、特に私の場合気温25度で夏ばてを心配しなければなくなり、30度を越えると、まるでお犬様状態で舌を出してハァー、ハァーといった具合だ。 まあ、それはともかく今年の冬は尋常ではない。 これで地球温暖化に歯止めがかかるのでは・・・。 と言う無責任な発言は困るのである。 今回の大雪は地球温暖化がますます進んでいることを指し示しているというから、これまた大変なことになってしまった。 日本海の海水温が例年より高くそれに伴い水蒸気の発生が非常に多くなっているそうだ。 そこへ寒気が流れ込みこの大雪をもたらしているという。 この雪は九州にまで及んだ。 
 しかし、私達の住む八戸はというと、これまた実に平和なところである。 「早くも1月5日には積雪48pを記録し・・・」 なんてニュースが流れると、誠に青森・弘前の方々には申し訳なく思ってしまう。 たった48pの雪で大雪だと騒いでしまうのもどうかと思うが、実際雪に慣れていない我々にとっては大変なことであることもわかって欲しいものである。 要するに雪かきのレベルの道具しか持たない我々にとって48pとなると、雪かきレベルではどうにもならないのである。 除排雪のための機械力を持ってあたらないと到底1日だけの作業では済まなくなってしまう。 
あれから1週間、なんやかんやで今日も雪かきをしている。

どうぞ、雪国の皆様バカにして下さい。 人手だけでは足りず犬にも手伝わせる始末・・・。

んだども、スキーだば負げるんども、スケートだば負げねよっー! なんちゃって       

すし屋のおやじ

2006年1月9日(月)

 私の好物はにぎり寿司とラーメン、この二つは週に3回は必ず食べる。 私は食べるだけではない。 自分でも握ったりつくったりするからたいしたもんだと褒められたい。 むふっ。 それはともかく、私のほどすし屋にかよっていると、当然常連でることは間違いないが、その常連でさえ “うむっ” と思うのがお愛想の時である。 たしかきのうと同じものを食べたはずなのに勘定が1000円も違う時があるからだ。 もちろん生もので相場物であるからして多少の違いはあるのは当然だが、1000円となると並で一人前違うわけだからどんな計算をしているのだろうと疑問におもうこともある。 まぁっ、しかしこんなものだろうとあきらめるしかないわけで、さっさと勘定を済ませて退散する。 金があるうちはこうやって通うこともできるが、金がなくても食いたくなったらどうするか・・・。 そんな時私は自分で握ってしまう。 
信じられないだろうが、私はグルメであると同時に職人でもある。 ちょっとしたパーティーにも、その腕前をみこまれよくおよばれする。 そこで存分に腕をふるい10人前〜15人前なら一人でも充分こなせるのである。 もし、是非にという方があれば声をかけて下さい七つ道具をもってどこにでも出張しますよ。 ビールさえ飲ませてくれれば・・・。 てなわけで、すし屋のおやじの話はどこえやら・・・。

すし屋のおやじとて人間である。 途中便所にも行かなければならない。 私はそんな様子を伺い、直後には絶対オーダーはしない。 必ずだれかの物を二、三回握ったのを確認してから次に進むことにしている。
オッ、一回二回三回と、 ヨシッ 「おやじっ、玉(ぎょく)」 とね。 

明けましておめでとう。

2006年1月3日(火)

 1月1日当然のごとくいつもの神社に元朝参りに・・・所は南部一ノ宮、櫛引八幡宮であるが、まぁまぁまぁ、それにしても混んでいるのなんので駐車場に入るまで約一時間半、鳥居をくぐりぬけ出店を見ながら歩きだすと間もなく人の行列、なにか特別な出店でもあるのかと思い列からはずれ歩き出したが、途中で参拝の為の行列であることに気がつき改めて最後尾に並んだ。 それにしても今年は人がやたらと多いような気がする。 更には戌年とあり愛犬同伴の参拝者も数多く見うけられた。 「おらんども、タラとホシノ連れで来ればいがったね」 とかかあが言う 「やめでけろ、こたらに時間かがるもの○便だの○○たれられだら大変だべ」 「○便だばまだいいよ○○だばあの大きさだものビニルさ入れだって車のなが臭くて大変だべ」 と夫婦の会話、別に周りも気にもせず元旦早々から臭い話をしていたら前列の人が、ふと、こちらを見たような気がした。 その人は何かを食していたらしく、何となく申し訳ない気持ちになってしまったが、仲の良い夫婦の会話はなかなか止まらない。 まぁ、そんな生暖かい話でもしていなければ寒くてしょうがない。 
なんだかんだで小一時間も並んだろうか、ようやく賽銭箱の前にたどりついた。 周りの人はカランカランパンパンでさっさとお参りを済ませる。 私は一応一通りの儀式をし、さて 「神様、今年一年・・・」 と願掛けする間もなく後ろからどんどん押される。いや、と後ろを振り向く間もなくその列から押し出されてしまった。 せっかく一時間も並んだのに、何の願いもせずにパンパンだけで終わってしまった元朝参り、やれやれ今年はどうなることやら・・・。 年末に神(紙) の話をしたのが悪かったのかなと反省してしまった。 

今朝、神隠しにあってしまった。 「かあちゃーん、かみー」 「よこまちさ行って買っとんでー」 

※よこまち → 近所のスーパー 

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